神奈川文芸賞2022受賞作品

神奈川新聞社主催の「神奈川文芸賞2022」入賞作品が決まった。初開催となる記念すべき回で大賞に輝いたのは、短編小説部門が河村佳さん(36)=横須賀市=の「真珠の子」、現代詩部門が岡部晋一さん(84)=横浜市港南区=の「故郷喪失」。準大賞は一覧の通り。審査は小説家の朝井リョウさん、詩人の蜂飼耳さんが務めた。
U-25部門は最優秀賞が水内治子さん(22)=同市栄区=の「水平線を定規に」、三菱地所横浜支店賞が田中鷹さん(23)=東京都練馬区=の「たびするいきもの」。最優秀賞の審査は県立神奈川近代文学館スタッフ、神奈川新聞が運営する読者向けの友の会「かなとも」会員、県内高校生向けフリーペーパー「H!P」高校生記者らが行った。
応募数は小説が374編、詩が646編、U-25が141編。神奈川新聞社が過去50年間にわたって開催してきた「神奈川文芸コンクール」から内容を刷新、応募資格を県外在住者にも広げたことで、県外だけでなく海外からも作品が集まった。受賞作品と審査員の講評は、1月8日以降の神奈川新聞本紙と公式サイトで順次掲載する。
次回の「神奈川文芸賞2024」は2024年1月から開催予定。表彰式と講評会は3月18日にスカイガーデンで開催する。新型コロナウイルス感染症の拡大を防止するため関係者のみで行い、内容は19日の神奈川新聞本紙と公式サイトで紹介予定。

短編小説部門受賞作品

大賞

「真珠の子」河村 佳

河村 佳/かわむら・けい 1986年生まれ、千葉県出身。明治学院大学卒業。市役所職員を経て現在新聞社勤務。

コメント

この度は大賞に選出していただき、誠にありがとうございます。
選考に携わられた方々、小説の世界に導いてくださったすべての方々に感謝申し上げます。
自分の中だけで生きていた人物や景色が、こうして多くの人の目に触れることに、喜びと少しの怖さを感じます。
もしかしたら、彼らは本当にこの町にいるのではないか。そんな風に、三崎の港や町並みの中に彼らの姿を見つけてくれたら、これ以上の喜びはありません。

準大賞

「鯖の雪おろし」足和田 健

足和田 健/あしわだ・けん 1995年生まれ、山梨県出身。横浜市立大学中退。フリーライター。

準大賞

「春来たりなば」堀田 花

堀田 花/ほった・はな 1992年生まれ、京都府出身。専修大学卒業。土木設計会社勤務、アルバイトを経て現在無職。

審査員のコメント

小説を書くとき、三十枚、というのはとても難しい条件です。前半で登場人物の置かれた状況を的確に伝えなければならないけれど説明的になると興醒めですし、かといってモタモタしていればあっという間に後半に突入してしまいます。読み手がフィクションの中にいる時間が短い分わかりやすい変化や解決を伴うラスト、何度も山場があるような展開はどこか嘘っぽくなりますし、かといって起承転結を抑えて文章や表現そのものの魅力のみで突っ切ろうとするには長過ぎるのです。

なので、手元に届いた一作目を読んだとき、あまりの完成度に驚きました。続けて読んだ作品もとても素晴らしく、この賞のレベルの高さは何なのだと戸惑ったくらいです。また、分量以外にも“神奈川の文化・歴史などに取材した作品、神奈川が舞台となった作品”という追加条件がありますが、その処理の仕方も多種多様で、私自身とても勉強になりました。読みながら、ストーリーラインを追うだけでなく神奈川についての知識を深められ、私からは絶対に出てこない設定や言葉たちに大変心躍らされました。

私もかつて短編や長編の賞に投稿しており、当時は選考結果に一喜一憂していました。ですが、何の因果か一人で数作を選出する立場となった今思うのは、選考結果は本当に選ぶ立場にある人の価値基準や精神状態によって大きく変わるということです。作品の良し悪しによって、ではないのです。なので、今回選ばれた方々もそうでない方々も、他の作家や未来の私が選べばまた違う結果になっていたと思っていただきたいです。

今の私に響いたのは、主題となる感情を真正面からぶつけてきてくれる小説でした。中には、非常に巧みな叙述トリックのようなものを使って、最後に「実はこういうことでした」という驚きを与えてくれる小説もありました。それらはとても工夫に富んでいましたし、技術力の高さを感じましたが、今の私が欲していたのは、その仕掛けを含めて小説の主題となり得た感情よりも、何の仕掛けがなくとも堂々と小説を引っ張っていくような、からくりなしにどうしても目が行ってしまうような、そんな感情だったようです。それは主題とする感情の大小の話ではなく、生きている中で何が目についたか、ということだと思います。そのような、書き手の目を感じた作品を今の私は選びました。

投稿してくださった皆さま。明日からは他人に選考されることなど気にせず、今ここで読んだ文章のことも綺麗に忘れて、自由に思いのままに書いてください。素晴らしい小説をありがとうございました。

朝井リョウ

現代詩部門受賞作品

大賞

「故郷喪失」岡部 晋一

岡部 晋一/おかべ・しんいち 1938年生まれ、横浜市出身。横浜市立大学卒業。元県立高校教員。

コメント

相模五湖はすべて人造湖で、神奈川県の飲料水、産業用水、発電、観光資源、水害防止等で神奈川県に貢献している。その反面、多くの県民が水没する故郷を離れなければならなかった。
この詩は、公共の福祉のために故郷を離れたすべての県民に尊敬と感謝をこめて書いた。
相模湖のために故郷を離れざるをえなかった私の父、俳人岡部湖愁へのレクイエムとしても書いた。
相模湖を中心とした相模五湖を県民の皆さんは誇りにしてほしい。

準大賞

「氷川丸」牛久保 夏帆

牛久保 夏帆/うしくぼ・かほ 2006年生まれ、藤沢市出身。横浜雙葉高校1年。

準大賞

「日々」廣瀬 充

廣瀬 充/ひろせ・みつる 1989年生まれ、横浜市出身。東京学芸大学大学院修了。現在、同付属国際中等教育学校教諭。

審査員のコメント

今回応募された多くの作品を、どきどきしながら読んだ。大賞の岡部晋一さん「故郷喪失」は亡き父の故郷を描いた作品だ。その故郷は相模湖の底に沈む。湖のほとりに立ち、はるかな記憶と現在を見つめる。準大賞の牛久保夏帆さん「氷川丸」は、歴史に触れて視野を広げる感覚を描く。同じく準大賞の廣瀬充さん「日々」は、電車の乗客たちの微妙な空気感を捉えている。この作品には個人的な出来事に留まらない視点があった。

神奈川県に関する詩については、特定の場所が何人もの作者によって取り上げられ、同県生まれの私にとって大変印象深かった。たとえば横浜では横浜港、山下公園、中華街、港の見える丘公園など。野毛坂の詩も複数あった。年輩の作者は、戦後まもない時期の米軍と戦争孤児に言及し、若い作者は、個人的な日常の情景を描いた。同じ場所を書いても、生まれてくる詩の世界はまったく違う。

江の島や鎌倉も人気の土地で、寺社や海や産物、旅の思い出ばかりでなく、歴史上の人物が登場する作品もあった。箱根にも注目が集まった。山や温泉、ガラスの森美術館、ひめしゃら林道など。小田原の詩もあった。丹沢、大山、相模川、酒匂川。平塚は、戦時中の空襲を書いた作品が胸に迫った。

全体的に、人生の大切な記憶や思い出を振り返る作品が多かった。私は作品を読みながら、そうした記憶や思い出をそっと聞かせていただいているのだという感覚に包まれた。どの詩にも作者の思いが詰まっている。その意味では比べることなどできないのだが、作品を繰り返し読んで考えた。

以下、ほんの一部となるが、印象に残った作品について触れたい。野口恒生さん「根府川」はユーモアがあった。根府川の大岩で昔、父が鯛を釣り上げた思い出。柴田遥さん「黒たまご」は温泉たまごに宇宙を見る異色の世界。中村登さん「古い公園の空のこと」は現実と幻想の境をこまやかに捉える。川久保朝香さん「雪が降りそうだよ」は子の成長と歳月を描く。センスの良さが光った。三ツ谷直子さん「先生の肖像画」は小学校の先生の記憶。優しさのある作品。空乃そらさん「初めての登山」は霧についての発見と心理的な変化を記す。筒井美佐子さん「丹沢白馬」は雪で山の斜面に現れる馬の姿が詩になった。

戦争、ウクライナのことを書いた作品も複数寄せられた。作者のみなさん、これからも詩を書いていただきたいと思っています。

蜂飼耳

U-25部門受賞作品

最優秀賞

「水平線を定規に」水内 治子

水内治子/みのち・はるこ 2000年生まれ、横浜市出身。上智大学4年。

コメント

受賞のご連絡を受け、あまりの驚きと喜びに、夢心地で数日を過ごしました。
新設のU-25部門でこのような素晴らしい賞をいただき、たいへん光栄です。思い出の詰まった情景を文章にできたこと、そしてそれが結果につながったことは、大学卒業にあたり、何ものにも代えがたい餞(はなむけ)となりました。今回の受賞を糧に、これからも書き続けてまいります。
選んでくださった皆さま、関係者の方々、家族や友人に心から感謝いたします。ありがとうございました。

三菱地所横浜支店賞

「たびするいきもの」田中 鷹

田中鷹/たなか・たか 1999年生まれ、東京都出身。大学5年。第6回大藪春彦新人賞最終選考通過、バンドThe Curtainsで活動中。

コメント

東横線で通学していた高校時代、たまに横浜へ足を伸ばしました。毎日乗っている電車で通学路からどんどん離れていく、あの非日常感をいまだに覚えています。
実はこの体験を基に「君はライナー」という曲も作りました。各種ストリーミングで聴けるのでぜひ検索を。とつい宣伝に走ってしまいましたが、横浜は今も私にとって特別な場所です。父も鎌倉に住んでいたりと、勝手にご縁を感じております。
このたびは素晴らしい賞をいただけたこと、心から感謝しております。

審査員のコメント

今回U―25部門を新設する形で新たに生まれ変わった神奈川文芸賞、その栄えある第1回に神奈川新聞社さんよりお声がけいただき、三菱地所は特にU―25部門に協賛します。

横浜は言うまでもなく「海」の街です。そして混沌として先の見えない今の時代、皆が道しるべとなる「ランドマーク」を求めています。これらを背景に若い皆さんの気持ちを「翼」に乗せて描いてほしい、そんな想いを込めてキーワードを設定させていただきました。

結果、私たちの予想をはるかに超える新しい視点での作品が多く集まり、皆さんの感性と表現力に本当に心を揺さぶられました。賞の枠の関係から一つの作品を選ぶのは苦渋の決断でしたが、どれもが心に残る素晴らしい作品でした。

今回、皆さんの豊かで柔軟な発想力と旺盛な創作意欲に触れることができ、何か明日への元気をもらえたように感じています。三菱地所は将来を担う若者はもちろん、今後も神奈川文芸賞を応援します。

三菱地所株式会社 執行役員 横浜支店長竹田徹

挿絵

松岡真白(1年)「水平線を定規に」

短編小説部門とU-25部門の受賞作品に添える挿絵は、2022年の第71回神奈川文化賞・未来賞を受賞した県立相模原弥栄高校美術部が担当します。同部は2022年、第66回全日本学生美術展において、21年に引き続き2年連続で団体部門の最高賞「全日本学生美術会賞」を受賞。22年の第23回高校生国際美術展でも団体部門の最高賞「最優秀校賞」を受賞するなどの実績があり、各種イラストコンクールでも優秀な成績を残しています。

川又和希(2年)「真珠の子」

星野莉子(2年)「鯖の雪おろし」

渡邊未夢(2年)「春来たりなば」

福田茜(1年)「水平線を定規に」

木村愛奈(1年)「たびするいきもの」

原愛海(2年)「真珠の子」

石橋彩梨南(2年)「鯖の雪おろし」

福山薫(2年)「春来たりなば」

望月姫和(1年)「水平線を定規に」

名取樹里(1年)「水平線を定規に」

猪狩陽世(1年)「水平線を定規に」

加藤百華(1年)「水平線を定規に」

和泉璃子(1年)「水平線を定規に」

新田彩月(1年)「たびするいきもの」

守屋千聖(1年)「たびするいきもの」

三芝結月(1年)「たびするいきもの」

細萱怜(1年)「たびするいきもの」